メガネ修理日記(?)

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2007年9月23日(日) お彼岸

その人は、まだ死ぬわけにはいかないと言った。
妻より先に逝くわけにはいかないと言った。
せめてあと5年、生きていたいとも言った。

私は、5年って何?と苦笑し、ガンと決まったわけじゃないでしょうにと言葉を続けた。

その人の奥さんは、くも膜下出血の後遺症を患っていた。 車いすに座り、表情は乏しく虚空を見つめ、言葉は一切発しなかった。 それでも簡単な筆談ができることには、正直驚いた。 「この人、誰?」と問うと、「おじいちゃん」と弱々しい字であったが、ちゃんと書いていた。 ともかく、その人の誠心誠意の看病ぶりに頭の下がらない者はいないだろうと、私は尊敬していた。

その人は、橋本さんという人で、知り合った当時は70歳だったろうか。 人なつっこいという表現があるが、まさにそんな感じの人で、その笑顔に誰もが魅力を感じていたことだろう。 ほとんど毎日のように顔を合わせているうちに、自然に親しくなった。 検査入院を含めて何度か入退院を繰り返したのだが、橋本さん本人も、そして私も最後までまさかガンじゃないだろうと信じていた。むしろ願っていただけというのが正確なのか。

最後の1ヶ月は、食べ物がノドを通らずガリガリに痩せたが、それでも私が病室を覗くと片手を上げて笑顔を見せた。 最後に生きている橋本さんに会ったのは、ストレッチャーに乗せられて「治療」に行く途中だった。「がんばれ」と声を掛けると、片手を上げて「おぉ」と笑顔で応えてくれた。橋本さんを乗せたエレベーターの扉が閉まり。下へ移動するのを見計らったように、扉の前にいた橋本さんの長女が私の方を見て首を横に小さく2度振った。腹水を抜くだけの治療だと言う。その日の夕方、意識が無くなったと後に聞いた。

数日後の夜中の2時過ぎ、私は寝付けずにいた。 寝室の片隅がちょっと明るくなったと思ったら、その光がすさまじく明るくなり、部屋全体を照らした。 これは驚く。間違いなく驚く。さすがにその瞬間は少なからず驚いたはずだ。 まぶしくてとても目を開けていられないほどの明るさのはずなのに、不思議とまぶしくないのである。すると、光の中心に橋本さんが立っているのが見えた。にっこりと笑っている。それは見慣れた笑顔だ。

来てくれたんだとすぐに思った。うれしかった。うれしくうれしくて、自然に笑顔になる自分がいた。言葉を交わした。声に出したわけではない。それでも言葉を感じ合えた。

「もう逝くの?」
「いろいろ、ありがとう」
「こちらこそ、本当にありがとう」

橋本さんは、笑いながら片手を上げて、静かに背を向けた。 光がすぅと消え、部屋は再び闇に戻った。

それから、どのくらいの時間が経ったのか定かではないが、私はこれまで経験したことのない至福の余韻に包まれていた。あの幸福感を何と表現すれば良いのか、適切な言葉が全く思いつかない。 そもそも悲しいはずではないか。いや、場合によっては、恐怖体験と言ってもいいだろう。 心身ともに何とも暖かく、苦しみや悲しみというような負の概念から全て解放され、そこには静かな喜びしかないのである。

その日の朝、訃報を聞いた。あぁ、やっぱりと思った。
葬式で遺影を見て、不謹慎にも笑みがこぼれそうになった。
「この間はどうもどうも」と心でつぶやいた。

特定の宗教には無縁の私だが、案外、死ぬって悪くないかもと思うようになった。
もちろん、一生懸命に生きた後でのことだが。

2007年9月12日(水) 老兵は去るのみ

もうすぐ死ぬ人がいる。
本人にも自覚がある。
92歳だもん、しょうがねぇ〜や。
でも、1日にでも長くと願う。

意識はハッキリしている。
でも、もう心臓がアカン。
去年、91歳でバイパス手術を受けた。
3度の心肺停止も乗り切る。
もはや、この人は不死身だと思った。

快気祝いに、遠近両用メガネを去年の今頃プレゼント。
おぉ、良く見えると喜んでいた。
(カンで作ったことは死んでも言えないが)

飯がノドを通らんと言う。
食いたくねぇんだと。
味がしねぇんだと。

見る影も無く痩せちまった。
手足がまるで「枝」じゃないか。

時折、軽い心臓発作に襲われる。
入退院の繰り返し。
いよいよ最後の入院かよ。

若いナースが、少しでも動くようにとか言っている。
それをハイハイと聞き流している様子。
ぼけナースめ。
支那事変で迫撃砲を食らい名誉の負傷を受けた日本男児に言う言葉か。

亡き父に一番近い人が消えそうだ。
時間がいとおしくてならない。

別れ際に手を振るなんてキャラは、叔父貴にはなかったはずなのに。

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