メガネ修理日記(?)

メガネ修理日記(?)バックナンバー

[メガネ修理日記(?)目次] [メガネ修理日記(?)最新版] [メガネの病院トップ]

2005年9月23日(金) 風立ちぬ

水田一面に転作されたソバの白い花の上を心地良い風が吹き渡って来た。ソバは大好物である。ここから30キロばかし離れた山間の町に行きつけのソバ屋がある。品書きは「おろしソバ」の1点張り。店内もおよそ飾り気の無さではまさに1点張り。大きくて無骨な丸いテーブルがでんとひとつ、上がりに小さな四角いテーブルが二つあるのみ。適当に座る。「いくつしましょうか?」と聞かれる。「ふたつ」と答える。余計なことも聞かれなければ、余計なことを答えなくても良い。ただ「おろしソバ」を食べることのみに存在する店なのである。

ある日、この店を出ると、いつもと違う町の華やいだ空気に気づいた。祭りらしい。三三五五、その人の流れをしばらく追う。この町ではたぶん一番大きい秋祭りなのだろう。露店がずらっと並び、その先が見えないほどだ。知らない町の祭りの雑踏を歩くのはいいもんだ。秋の日はつるべ落とし。黄昏がすぐに暗闇に変わる。露店の裸電球の明かりが別世界を照らし出す。ちょっとした旅人気分だ。露店で盆栽を売っていた。立ち止まると、そこのオヤジに声を掛けられる。生返事を返して、その先の長い石段を目指す。少し汗ばみながら境内に入ると、ふぅっと心地良い風が吹いた。もうはや秋である。あの風にまた会いたくなった。

2005年9月26日(月) 万博は遠きにありて思うもの?

「愛、地球博」が終わってしまった。ちょっと行ってみたい気持ちもあったが、その気持ちをよくよく考えてみたら、「地球博」へ行きたいわけではなく、「1970年」へのノスタルジーだと気がついた。
2時間以上も並んでマンモスなんぞ見たいとはこれっぽっちも思わないが、アノ時、並ばなかったことへの後悔が今もある。1970年、ソ連館へは2時間並んで入ったが、アメリカ館の「月の石」を見ることはできなかった。オヤジの「質より量」のひと声によるところが大きい。空いているところをとにかく数多く見るというある意味ごもっともな主張を家族が受け入れてしまったのだ。
「月の石」はそれから8年後の「宇宙博」で、実にあっけなく並ぶこともなく見ることになるのだが、1970年のあの時に見なかった悔しさは不思議と今も健在である。1970年の「わくわくどきどき感」の中で見てこその「月の石」だったのである。
「愛、地球博」の入場者数は目標を超えて2,200万人だと関係各位は胸を張っているのだろうが。1970年の時は、6,000万人を超えていたのだそうな。小生も3度行った。当時の世間は万博一色だったような印象がある。小生がガキだったゆえの「わくわくどきどき感」でもなかったようだ。幸せだったと言えるひと時が1970年には確かにあったんだ。

[メガネ修理日記(?)目次] [メガネ修理日記(?)最新版] [メガネの病院トップ]

info@megane119.com