メガネ修理日記(?)

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2005年6月20日(月) 日韓の討論番組

フジテレビとNHKBS1で日韓の諸問題についての討論番組が放送された。前者は両国の国会議員によるもので、後者は20代の若者によるものであった。「見つめ合うと素直におしゃべりできない」というわけでもないのだろうが、両国ともに「人選」には苦慮したのだろうか、意見の交換こそあれ討論と銘打つほどの内容はなかったという印象であった。
首脳会談が間近に迫っている中、さすがに口角泡を飛ばすわけにもいかないという理性が両国に働いたのかもしれないと好意的に解釈しても、tsunamiのような侘びしさしか残らないのは、なぜ?
とか何とか書きつつ、私も、実に「理性的」に言葉を選んでいる(つもり)わけだが、戦後一貫して「反日テーゼ」で国をまとめてきた人たちの際限のない「独り相撲」にお付き合いするのも、ほどほどにしたい気分だ。

2005年6月30日(木) とってもレノマなお話

池辺正己さんという人がいた。10年ほど前に電話があったきり、現在、生死さえわからない。
もう30年近く前になるだろうか。かなり昔の話だ。池辺さんは東京でメガネの卸業を営んでいた。最盛期には20名を超える従業員を抱え、関東一円から信越方面までを商圏としていた。メガネの卸屋としては間違いなく大きい部類に入っていただろう。
そもそも池辺さんという人は、天井知らずに人が良いのか、底なしにいい加減なのか、今もって謎なのである。そんな池辺さんが、ある時、思いついた。「レノマ」をメガネのブランドとして売り出そう。社内外から猛烈な反対を受けたらしい。メガネにレノマはイメージが違い過ぎる、というのが反対の主たる理由であった。そういう周囲の喧噪をよそに、池辺さんは淡々と、そしてニヤニヤとことを運んで行ったのである。
その頃、池辺さんは某県選出の国会議員の知己を得ていた。この代議士先生の奥さんがナイトクラブなど手広く営んでいたそうだ。そして、このナイトクラブに時折出演していた歌手にアイジョージがいた。奥さんが橋渡しをしたのだろう。池辺さんはこのアイジョージにレノマのCMソングを依頼し、快諾を得た。
CMソングも出来上がり、関東ローカルでCMを流す段取りも付いた。もちろん、レノマのメガネフレームもすっかり仕上がっている。あとは、アイジョージを伴っての華々しい記者会見を待つのみとなった。 その時、歴史は動いた。
不渡りである。代議士の奥さんの会社関係の手形をどっさりと割引いていたのである。全ては水泡に帰した。倒産である。残ったのは、幻のレノマのサンプルとCMソングの楽譜のみ。その後、皆さんご存知の通り、レノマはメガネのブランドとして定着し、今も一定の人気を維持しているのであります(池辺さんの後をサンリーブ眼鏡というメーカーが引き継いで現在に至る)
。 池辺さん、ご存命でしたら、連絡下さい(笑)。百万ドルのニヤニヤ笑顔と軽妙トークはご健在でしょうか?まだ、あのレノマのサンプルとCMソングの楽譜をお持ちでしたら、高価現金買取致します。いや、本当は、今、あるレノマの修理に頭を痛めているんですよ!あんたがレノマなんてものをメガネにしなければ、こんな苦しい思いをしなくてすんだのにぃという八つ当たりで、これを書いてます(爆)

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